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UPデータ評価
71 2005.9.17
フロイト先生のウソ
ロルフ・デーゲン著 / 赤根 洋子訳
文芸春秋 (2003.1)
\740
☆☆☆☆☆


 ある意味、タイトルに偽り有り、である。なぜなら、タイトルから受け取るイメージよりもずっと広範な問題を取り上げているからである。では、主題から逸れて纏まりなくなっているのか、というとそうでもない。タイトルから予想される内容は、それはそれできちっと書かれている。凄いことである。

 ノーベル生理学・医学賞受賞者のピーター・メダワーはなぜ心理療法を「最悪のペテン」と評したのか。それは心理療法が全く役に立たないからである。そう断言されると、”幾らなんでもそれは言いすぎではないのか”と思われるかもしれない。しかし、実証的に見てみるとそれが間違いのない事実であることがはっきりする。

 本書はそのような観点からフロイトが考案した心理療法がどれほど無意味なのかを多くの検証結果から述べる。そういった点ではアイゼンクの『精神分析に別れを告げよう』に近い。本書はより多面的に心理療法の問題を取り上げている。おまけに安価(笑)。

 目次をみただけでも面白そうである。目次には”第一部 「影響力」のウソ”では心理療法や教育法、マスメディア(コマーシャルや報道)、能力開発について、”第二部 「心」のウソ”では無意識、自己認識、自尊意識、心身症、多重人格について、”第三部 「意識」のウソ”では瞑想や催眠、更には臨死体験を、”第四部 「脳」のウソ”では10パーセント神話と右脳と左脳と項目だけが並ぶがどれもどこかで聞いたことがある現象ではなかろうか。

 例えば、ほとんどの人は自分について過剰な自信を持っている。客観的な自己認識を示せるのは鬱病患者くらいだ。多重人格はどうか。多重人格は、出現する地域が非常に偏っていることが知られている。フランスやドイツでは殆ど出現しない一方、アメリカでは2万例以上出ていると言う。不思議な現象だ。スイスでは、患者の70%をわずか6名の精神科医が発見しているという。多重人格は、患者が心理療法士が抱く期待に応えて出現する現象に過ぎないのである。

 と、このようにフロイトのウソを暴く過程でどうしても人間の精神とはどのようなものなのか、なぜ多重人格に見えるような現象が起こるのか、ということに踏み込んでいく。フロイト批判を超えて、精神の骨格はどのようになっているのかを心理的な要因から追いかけているように思える。このような研究が脳研究と対を為すことで、精神のあり方に踏み込むことができるのではなかろうか。

 多くの項目を取り扱っていながらその全てで深い調査が為されていて非常に面白かったが、項目が多すぎるためそれぞれについて興味が沸いたら特化した本を読んでみた方が良いと思う。広く浅くでありながら骨太でもある本書は心理療法に興味のある方なら目を通しておくべきであろう。なお、個人的には、記憶については『抑圧された記憶の神話』のロフタスが記憶に関する研究で取り上げられていたのが良かった。
UPデータ評価
72 2005.9.24
戦略の本質
野中 郁次郎著 / 戸部 良一著 / 鎌田 伸一著 / 寺本 義也著 / 杉之尾 宜生著 / 村井 友秀著
日本経済新聞社 (2005.8)
\2,310
☆☆☆☆☆


 戦争とは勝負の一形態であるから必然的に勝者と敗者を生み出す。中には必然に見える展開もあれば、逆転が見られる展開もある。戦争が始まる前からなんらかのファクターによって勝者と敗者が運命的に決まっているわけではない。勝敗を決するには始まる前の準備段階は重要なファクターではあるが、始まった後のダイナミックな相互作用こそが決定的な要因を占めることの方が多い。戦いである以上、相手があるのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 では、戦争の理論はどうなっているか。相手の存在をどう扱ってきたのか。本書はここから解き明かすため、戦略論についての歴史を語る。『戦争論』で知られるクラウゼヴィッツは当然として、ジョミニやリデルハートといった理論家達がどのように戦争・戦略を捉えてきたか。どこまで有効で、どこから無理があるのか。

 だが、本書の面白いところは戦略の歴史を語っている部分ではない。理論の発展を眺めた後で語られる、実際の戦史こそ面白いのだ。戦史が面白い理由の一つは、一次文献に過度に頼ることで事実としての重みを表現する代わりに一般人から見ての面白さを削減させてしまう悪弊に陥ることなく、簡潔で要点を絞った事実の流れを追いかけていることにあると思う。そこに加えて指導者が何を目標にし、どのように判断して目的を達成したかを書いている。歴史とは人間の営みであるのだから、兵器の性能や兵装などのスペック比較だけでは語りきれない面があるわけで、そこを上手く表現できているのも大きい。

 そしてなによりも面白いのは、”逆転”を取り上げていることだ。勝てるべくして勝てた戦いを書くのではなく、なぜ彼らは逆転ができたのか(または逆転されてしまったのか)を描いている。取り上げているのは以下の戦いである。

中国内戦 国民党対共産党
バトル・オブ・ブリテン ドイツ対イギリス
スターリングラード ドイツ対ソ連
ベトナム戦争 北ベトナム対アメリカ
第4次中東戦争 エジプト対イスラエル

 どのようにして共産党は物量に勝る国民党に勝てたのか。イギリスは如何にしてドイツの襲来を放棄させるに至ったか。またその狙いは何か。スターリングラードで勝敗を決した要因は何か。ベトナム戦争で北ベトナムが南を制圧できたのはなぜか。第4次中東戦争の狙いは何で、目的を達成するためにサダトはどのようなことを行ったのか。

 上記の戦いの概要を、戦闘の狙いと帰趨、指導者の狙いと彼らが構想した戦略上の位置づけがどのようなダイナミズムで作用して行ったのか。それを眺めるだけで十分に面白い。終章において、これらの戦いから戦略に要する10のポイントを選び出す。理論の流れと事例の説明があった後だから、すんなり頭に入る。構成の見事さを感じさせるし、それぞれのポイントを導くにあたっては冷静に思考されたことが見てとれるのが良い。敵と見方の複雑な相互作用の中で、勝敗を分ける中核を見抜く力を得るには何が必要なのか、過去の歴史から学ぶことのできる良書である。併せて彼らの前著であり、日本軍がどのような失敗を犯したのかという研究から失敗に至る経過を追った『失敗の本質』もお勧めしておく。
UPデータ評価
73 2005.9.27 ☆☆☆☆


 先日紹介した『フロイト先生のウソ』があまりに面白かったので、つい本屋で見かけた同じような感じの本にひきつけられてしまった。そんなわけで順番待ちをしている積読を放置してこちらを優先することに。

 フロイト〜はやはり翻訳ものである以上、外国の状況について書かれているわけで、そんななかの記述から日本の状況と自分勝手に比較する必要があった。それに対して本書は日本人が日本の”心理学もてあそび”に対して批判をしているのでしっくりくる。

 取り上げられているのは、血液型占い、ロールシャッハ、就職試験でよく使われる内田クレペリン検査(私もやらされた)、性格検査の定番のYGテストである。血液型占いについてはその成立の経緯やあらゆる過去のデータから極めて疑わしいことがそれなりに知られていると思うが、その他のものはまだ権威を持っているのではなかろうか。

 しかし、仔細に検討するとロールシャッハも内田クレペリン検査もYGテストもどれもこれも効果がない、というのが本書の指摘することである。そのいずれも、性格や能力を全く説明することができず、あてずっぽう程度の効力しか持たない、ということを多くのデータから説明する。それどころか、内田クレペリン検査では真面目にやるとどうしてもバラツキが出てしまうがこのバラツキにより性格に問題があると判断される可能性まであると言う。ではどのような態度で試験に臨めば良いのか。なんと、真面目にやらないで適当にやるべきだ、というのが結論。

 『フロイト先生のウソ』があまりに蔓延して害をもたらしている精神分析に対する批判である一方、こちらは「心理テストは当らなければ意味がない」という視点からの批判であるため雰囲気は随分異なるがどちらも人間そのものをきちんと受け止め、性格や能力を判断するのは難しいということを示しているのではないかと思う。また、『フロイト先生のウソ』がアメリカの精神分析業界批判であるのに対して本書は日本の心理学濫用を批判しているため、我々読者には本書の方が切実な問題を取り上げているように感じられる。特に、これから就職試験を受けようと思っている方や、企業の人事部門の方は読んでおいた方が良いのではなかろうか。

 ただし、血液型占いについても知られているのはせいぜい”それなり”のレベルに留まっており、現実に差別に近いことも起こっている事実がある。この問題については、「いんちき」心理学研究所の「血液型と性格が関連している」という差別やSWANの「Trust me!」の血液型性格判断の嘘などで述べられているので、興味のある方には一読をお勧めしたい。
UPデータ評価
74 2005.9.28
半落ち
横山 秀夫〔著〕
講談社 (2005.9)
\620
☆☆


 単行本で売れていた頃、嫁さんと面白そうだから文庫になったら買おうか、と話していた本。いつのまにやら文庫化されていたので、先日『脳のなかの幽霊、ふたたび』の書評で頂いたポイントを使って購入した。

 梶という警官が妻を殺害したと自首してくる。一人息子に白血病で先立たれ、アルツハイマーを病んだ妻が亡き息子のことすら忘れ去ろうとしている自分自身から逃げたくなり、夫に自分を殺してくれ、と頼むんだ妻を扼殺したという。嘱託殺人、である。梶の澄んだ目と、いくつかの根拠から周囲は梶が近いうちに自殺する確信を抱く。しかし、梶は自殺するつもりなのになぜ自首したのか。なぜ自首した上で自殺しそうな雰囲気を持つのか。さらに、梶は妻を殺害してから自首するまでの2日間のことを決して話そうとしない。その”空白の2日間”に一体何が起こったのか。

 この空白の2日間の謎こそ、追いかけるべき謎になる。謎を追うのは警官、検察、裁判官、弁護士、記者、刑務官の6名。白血病、アルツハイマー、老人介護、記者クラブなど、多くの社会の側面を切り取って、そこに組織同士の対立を織り込んでいる。

 ところが、どうにもこれが盛り上がらない。登場人物の過去については考えられているものの、内面については浅薄で、印象に残る人物がいない。空白の2日間の扱いにしても、そこに最大の謎があるはずなのに最後はちょっと良い話で落とす、程度の使い方しかされていない。まさか、著者が”中途端なオチ”だと思うから『半落ち』なんてタイトルにしたんじゃあるまいな、と思ってしまう。

 問題は明らかにネタの盛り込み過ぎによる主題のボケっぷりにある。アルツハイマーならアルツハイマーにネタを絞れば良かったし、空白の2日間を取り上げるならもっとそこに焦点を当てればよかった。組織同士の対立を描くのであればそれでも良い。しかし、その全てを盛り込むと途端に主題がボケるのだ。読了後も、なぜこれが騒がれたのか全く理解できなかった。出版社側のベストセラー製造コンベアーに乗っただけのような気がする(例えば、『世界の中心で愛をさけんだ獣』のタイトルをパロった小説みたいな感じ)。時間の無駄とまでは思わないが、敢えて読むだけのこともないように思った。

 以下、ネタバレ反転。
 空白の2日間は自分が提供した骨髄移植のレシピエントに会いにいっていたみたいなんだけど、その伏線が全然無し。骨髄移植を話題にしているのは良いと思う。私の母も白血病で身罷ったわけだし。でも、オチにそれを持ってきて、良い話にするというのはどうかなー。かなり疑問を感じる。このオチに共感できなかったのが評価が辛い一番の原因かも。
UPデータ評価
75 2005.10.4 ☆☆☆☆


 かつて著名なロシア語同時通訳者として活躍し、現在は時に厳しく、時に温かみのある視点が好評で著者としても名を馳せている米原万里さんの、ペットについてのエッセイ。ネコ派を自認する米原さんが仕事先で野良犬と出会って連れて帰るところからはじまり、歴代の飼いネコたちの話題へなだれこんでいく。

 拾われてきたネコの道理と無理、犬のゲンとノラ(野良犬のノラじゃなくて、イプセンの人形の家のノラ)、ロシアでであって買ってきてしまったターニャとソーニャの6匹のペットととの出会い、暮らし、そして別れを巧みに、さらに愛情豊かに書いているのでペット好きにはたまらないのではないだろうか。

 うちも拾ってきた愛犬と一緒に暮らしているので、出会った時のこと、お互い慣れないうちに犯してしまった幾つかの失敗を思い起こしながら楽しく一気に読んでしまった。ネコ好きも犬好きも楽しく笑って読める素晴らしいエッセイである。ただ、やはり大のネコ派であるゆえか、犬の飼い方もちょっとネコ風にしているような気もするが、それはご愛嬌である。

 たんなるペット愛好家のペット自慢じゃないかと思われるかもしれないが、その通りである。なので、ペットを飼っている人がみたらついつい自分の家の事情を思い返してニヤリとしてしまうのではなかろうか。

 ただし、盲導犬についての記述は一方的で、読者に誤解を与えかねないものなので、注意が必要である。盲導犬については財団法人 日本盲導犬協会盲導犬を引退した犬たちが参考になると思う。




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