前日までとはがらりと趣が変わって、この日はナチュラル・ギャラリーに繰り出した。主に嫁さんの趣味ではあるが、私も絵を見るのは好きなのでいそいそと付いていく。前にも書いたとおりナチュラル・ギャラリーはトラファルガー広場のすぐ裏にあるので宿から5分ほどで到着。
もういい加減書き飽きても来るのだが、ここにもまた実に大量のコレクションがある。嫁さんも私も好みは大体同じで、印象派が好きである一方抽象画は理解できないという大変分かりやすい趣味である(分かった振りをするのは意味が無いため苦手である)。必然的に、嫁さんが立ち止まったところの絵は私も見ていて楽しい。
それにしても、やはり巨匠といわれる人はそれだけの力を持っている。凄いな、と思った絵の前には大体の場合人だかりができていて、それだけ注目を浴びている。私なんかは名前で判断しないで単純に好みで眺めているのではあるが、気に入ったのを見てみると作者は知っている人であることが多かった。
ただ、閉口するのはキリスト誕生と磔刑(局部が描いてあるヤツはどれもこれも仮性包茎)がとても沢山あるということで、1枚2枚なら兎も角、かなり食傷する。聖書からとった題材もなじみが無いし。その中にあっても、ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』は迫力があった。勿論、聖母は慈愛に満ちた瞳で赤ん坊を眺めているという絵なので迫力があるのはおかしいのだが、目を捉えて離さない力がある。
その他の宗教関係では聖ジョージのドラゴン退治も幾つかあり、このドラゴンはしょぼいなとか、このドラゴン格好良いなどと主題から随分ずれたところを眺めた。このダメっぷりが私らしい。ロシアコーナーはそりゃあもう宗教画で埋め尽くされていて、なんというか、一部屋見ただけでお腹いっぱいになったりするが、この手の絵が好きな人には堪らないのかも知れない。
大英博物館も自然史博物館もそうだったのだが、ここにも小学生が引率されてきていて、教科書に載っていた絵の解説を実物を使ってやっていた。こりゃあ羨ましい。「この絵に出てくる男の人と女の人は結婚します。向こうの部屋の絵を見たら分かります」なんて説明していて、ほうほう、そういう知識があったらもっと楽しめるのであろうなと思わされた。斯く言う私にその手の知識は殆ど全く無い。読書範囲が狭いことがバレバレである。
お土産屋で気に入った絵をお土産に買い込む。壁が寂しいので飾る絵が欲しかったのだ。ここだともう選びたい放題である。ダ・ヴィンチ、フェルメール、ターナー、ゴッホ、セザンヌ、その他色々・・・。絵を見るとか音楽を聴くといったことは、時間が過ぎていけば記憶が薄れていってしまうものではあるが、本物に触れたという経験こそが大事なものであろう。その経験を思い出すのに図版やレプリカは十分に役に立つと思うので気に入った美術展のカタログなどは買うことにしてる。ここでは嫁さんが買っていたので荷物は重くなったが大変満足であった。
そして、本日は『思い出ディナーの日』である。イギリス料理で思い出と言ったらどんな恐ろしいものなのだろうと旅行に来る前は話していたのであるが、実際来てから食べたらなかなかどうして、美味しいのでこれも楽しみ。ホテルでタクシーを頼んでもらったが、これがなかなか来ない。市内が渋滞ということで、まあ仕方あるまいと思いつつも時間が過ぎていくと焦ってくる。この日のためだけに持ってきたスーツ一式を無駄にするわけには行かんのじゃ。
ようやく来たタクシーに飛び乗って目的地に急ぐ、、、はずが渋滞に捕まって遅々として進まず。遅々として進まなくても料金メーターだけは着実にしっかりと結構な勢いで進んでいってなにやら変な感じである。日本と比べると初乗り料金こそ安いもののメーターの上がりが非常に早いので余程近い距離の移動でなければこちらの方が高いのは間違いない。ようやく到着し、予約していた旨と名前を告げると、店員が面白そうに眉を一度上げ、「変わった名前だね」
いや、日本じゃ普通なんだが。
そんなわけで案内してもらって席に着く。シャンパンで乾杯して、こそっと嫁さんに「ここに居るヒトの中で、俺らが一番貧乏人だな」
なにやら、すっごい豪華な中に放り込まれてしまったのである。それは予期していなかった。ツアーについているから値段を気にしなくて済むけど、デートで気取って入ってしまったら支払いが済むまで気が気でなくて料理なんて味わっている余裕はなさそうだ。
コースを選ぶ。鳥が美味しいとかなんとかと聞いたので、前菜に鮭をどうにかしたヤツ、メインディッシュに鳥をどうにかしたヤツを頼む。嫁さんとは逆な感じ。嫁さんはメインにヒラメのバターソテーを頼んでいた。
スモークサーモンが不味いわけも無く、美味しいスタートを切る。折角だからワインでも飲もうかということで、ワインリストを持ってきてもらう。その中に、イングランドのワインがあったので、折角だからそれを飲もうよと言い合うが、どれが良いのかさっぱり分からない。ウェイターの青年を呼び止める。
私「我々は旅行者で、折角だからイギリスのワインを飲んでみたいと思う。この中で、お勧めがあったら教えて欲しい。」
ウェイター「このワインはどーたらこーたら、このワインはどーたらこーたら、このワインが一番好きでこれは香りが良くて味はそんなに濃くないので飲みやすい」
私「じゃあ、お勧めのそれをお願いします。」
正直、ウェイター氏の言っていることを十分には理解していないのだが、こういうところではお勧めに従って悪いことはあるまい。値段も手ごろだったし。普段は買わないくらいの金額ではあるけど。
ワインが届き、テイスティング。おお、これはまったりとしていてそれでいて(以下略)。やや甘みがあり、癖の無い飲みやすいワインであったので、嫁さんと再度乾杯。この日は嫁さんのXX歳の誕生日でもあったのだ。そうこうしているうちにメインディッシュが届き、副菜をどうするか聞かれる。私のところに来て、「どうする?全部?」というので、折角だから味わってやれと全部盛ってもらう。
むー、やはり野菜に味付けは無いのか、と慣れたのではあるが感慨を新たにする。高級店でも野菜は茹でたまま、焼いたままなのであるなぁ。メインディッシュの鶏肉は身がしまっていてとても美味しい。材料自体が悪いわけではないので、きちんと調理されていればきちんと美味しいのが出てくるのは当然か。途中で嫁さんがギブアップしたのでヒラメのソテーも頂く。これは味付けが濃いので途中で飽きても無理のないものではあったが、美味しかった。一皿はさすがに多いけど。イギリスはヨーロッパでは一番ふくよかなヒトが多いそうだが、こんな食事を採っていればそうなるのも当然であろう。
なんにしても、大変満足して宿に戻ったのだった。そして、早いことに明日はもう帰国であることにがっかりしながら眠りに落ちていったのだった。
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